株式会社フロリスト花正

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2020年4月の言葉2020.04.01

「春」この4月なにもが動き出す季節なのに、コロナウイルスのため、日本全国、世界の各地で、何もかもの動きが止まってしまっている。
出来る限り人の集まるところ、混雑する乗り物などは控え、一刻も早く収束に向かうように、協力し努力しなければと考えます。

2020年3月日経新聞 「遊 遊 漢字学」阿辻 哲次氏より

各国には春の到来を感じさせる独自の光景があるが、それはほとんどの場合、植物に関係しているようだ。厳しい冬に静まりかえっていた木々や花々が、うららかな陽光をあびて成長を始めようとする時、人はそこにたくましい生命力を感じとる。

「春」は今の字形と少しちがい、<艸(くさ)>と<屯>と<日>からできていた。
この<屯>について漢字研究の権威である殷玉栽は「草木が芽生えるさま」と解釈し、そこから「春」とは「うららかな陽ざしの下に草木が芽を出す」ことだという。
古代中国人は、万物の生命力が旺盛に燃えだそうとする時節を、植物が芽生えるさまで表現したというわけだ。
春になると、茶色の大地のところどころから緑の若芽が顔を出してくる。
古代の中国ではその色を「青」で表現した。「青」(旧字体では下部が<丹>)は<生>と<丹>とからできていて、<生>は植物が芽生える事、<丹>は染料を採るための井戸を表す。「青」とは草色の染料の事で、布を緑色に染めるのに使われた。杜甫の詩句「山青くして花燃えなんと欲す」(「絶句」二)は緑一色に染められた山に、赤い花が燃えるように咲いている様をうたうが、杜甫はいったいどんな花を見てその句を詠んだのだろうか。

「青」と「春」をつなぐと「青春」となる。青春とは芽吹きだした植物のように無限の可能性を秘めて、これから花を咲かせていく時期なのだ。

青春は過ぎたと嘆くのではなく、むしろこれからの「青春」で新しい芽をだし、大きな花を咲かせる努力をしてみたいものだ。まさにいま、心浮き立つ春なのだから。

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   ☆ 春分
農家では、この「春分」を目安に種を蒔いたそうです。
  私たちも、そろそろ「心の種蒔きをしませんか?」
「春」は辞書を引くと1.(草木の芽が「張る」意 2.田畑を「墾(は)る」
3.気候の「晴る」意からとも
人の一生と四季の彩りを色で表す時があります。
生まれたての赤ちゃんの時は、尻が青い(蒙古斑)、次に若者はくちばしが黄色い、青二才、と呼ばれる。若者が恋をして淡いピンク色に染まり、激しく愛し合うようになり、真っ赤に燃える。お互い空気のような状態になり、白い色になる。
死期が近づき、茶色になり、死して土に帰り黒くなる。
春の芽生えのライトグリーン、タンポポ、福寿草、マンズ咲く(一番に咲く)万作の黄色、春の代表とされる桜の花の淡いピンク。梅雨が過ぎ、暑い暑い夏に似つかわしい真っ赤なハイビスカス、やアンスリューム。秋になりススキの穂で、野原が銀色に染まり、山々が落葉し、ゆっくり眠るがごとく黒く見えるようになります。   
山を表現するのに、春は「山笑う」「「山動く」 夏「山滴る」 秋「山粧う」「山燃ゆる」 冬「山眠る」
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3月31日読売新聞「編集手帳」より
お誕生日、おめでとう!志村けんさんが話しかけても、おばあちゃんは返事さえしない。100歳の誕生日を祝うというテレビ番組の企画は失敗したかに見えた◇だがふと思いついて、普段コントでやっているおばあさんの声で話すと、
「はいっ」とかわいい声がかえてきたという。3年後、おばあちゃんは亡くなった◇志村さんは「いい思い出ができました」と家族からお礼の手紙が届いたこと共々、芸能人生で巡り会った喜びの一つとして自著に書き留めている
◇志村さんには一人だけの文通友達もいた。知的障害を持つ詩人くりすあきらさんである。<ありがとうといわれたら/しあわせになります/でもありがとうは/なかなかいうて/もらえません/しんせつにせんと/いうてもらえません・・・
ありがとうはしんどいこと/なのです>。僕の一番好きな詩だと口ずさんだ
☆国民的コメディアンの「変なおじさん」は底抜けにやさしい人だった。
享年70.世界を苦しめるウイルスによって不慮の死に見舞われた。

涙と一緒に、ありがとうと言おう。

2020年3月31日  西井 忠義

 

2020.04.01 Wed
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